ここ数年、世界文学圏で吹いているチママンダ旋風がこの9月、東京にも本格上陸する。ナイジェリアの作家チママンダ・ンゴズィ・アディーチェが国際ペン東京大会に招かれて初来日し、9月24日午後六時から、早稲田の大隈講堂で朗読とスピーチを行うのだ。
朗読されるのは、短編集『アメリカにいる、きみ』にもおさめられた同名の作品。ナイジェリアから米国へ渡った女の子がそこで白人の男の子と恋に落ちる話だが、今回は、微妙な心理描写のなかに、観光する側とされる側の人間の位置関係がくっきりと浮かびあがる新バージョン(タイトルは「なにかが首のまわりに」)。邦訳部分を女優の松たか子が朗読するのも期待できそうだ。
この6月「ニューヨーカー誌」で「40歳以下の作家20人」に選ばれたアディーチェは、気鋭の作家を輩出してきた英国の雑誌「グランタ」と「群像」の相互提携による新企画で、最新短篇「シーリング」の邦訳が世界に先がけて掲載されたばかり。さらに8月末にはビアフラ戦争を背景にした長編小説『半分のぼった黄色い太陽』の拙訳も出る(河出書房新社刊)。
「ビアフラ」という名はある年代以上の人にとって、膨らんだ腹部に枯れ枝のような手足をした裸の子供の写真とともに思い出される「アフリカ」の戦争だ。アフリカと飢餓のイメージが結びついたのはこのときの報道が大きかった。
だが、この作品はそんなステレオタイプを快く裏切り、あの戦争を生き抜いた、または、生き抜けなかった人びとのパワフルなラブストーリーとして読ませてしまう。若い作家の才能というしかない。
翻訳にかかりきってきたせいか、この旋風が猛暑を運んできたのかとつい錯覚しそうになって苦笑している。
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2010年8月17日北海道新聞夕刊に掲載されたコラムに加筆しました。