2010年2月24日水曜日

書評/ダンティカ新著『愛するものたちへ、別れのとき』

北海道新聞に、『Brother, I'm Dying(日本語訳タイトル/愛するものたちへ、別れのとき)』(佐川愛子訳 作品社刊)の書評を書きました。以下に転載します。

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1月中旬ハイチを大地震が襲った。どうしてハイチなの? ほとんど意味のない問いが浮かぶ。

 カリブ海にある世界最貧国ハイチは、かつてフランスの最も豊かな植民地だった。アフリカ大陸から拉致された奴隷の労働によって、サトウキビやコーヒーのプランテーションから莫大(ばくだい)な富が宗主国にもたらされた。
 そして1804年、奴隷たちの蜂起によって世界初の黒人共和国として独立したものの、欧米の大国から干渉を受け、あらゆる面で翻弄されつづけ、自主自立の民主国家への道はいまも険しい。

 多くの人の知識はここで止まる。(私だって10年ほど前まではそうだった。)ハイチの人たちがなにを考え、どう感じて生きているのか、内実はなかなか見えない。この本はそれを補う格好の書だ。ハイチから渡米して作家になったエドウィージ・ダンティカは、2歳のときに父が、4歳のときに母が渡米し、弟と、牧師の伯父ジョゼフ夫婦にあずけられて12歳までハイチで育った。
 長年ニューヨークでタクシー運転手をして働いてきた父が末期の肺繊維症と診断された日に、彼女は自分の妊娠を知る。2004年7月。この本はそこから始まる。

 独立200周年を祝ったこの年、アリスティド大統領はフランス、カナダ、米国が起こした政治行動によって国外へ追放された。ハイチでがんばり続けた81歳の伯父ジョゼフも、ついに身の危険を感じて渡米するが、マイアミの移民局で非情な扱いを受けて死ぬ。
 父も、生まれた孫娘にミラという名を残して、兄のあとを追うように他界。その一部始終が、英語という獲得された言語を駆使した、リリカルな文でつづられていく。

 ダンティカが描くのはいつも、残酷な歴史に翻弄される人たちの姿だ。行間からは抑えた哀しみと憤怒がにじむ。記憶の外に打ち捨てられる者に声をあたえながら、死者と生者のあわいに身を置き、ことばに身体を通過させるようにして書く作家だ。胸を突かれる。

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2010年2月21日付北海道新聞朝刊に掲載された記事に少しだけ加筆しました。

 それにしても、ハイチの歴史と現況を考えることは、世界がなぜ、いまのような形/システムになってしまったのかを考えるために、とても大きなヒントをあたえてくれる。とくに、ここ100年のあいだにアメリカ合州国という国家が、中南米にとってきた政策がなにをもたらしたか、それが世界諸国とどう関係しているのかを考える良い例だと思う。