
子どもだってきっと・・・、とわたしは一方的に想像します。だから、大人が子どもに本を贈る、なんてどこか押しつけがましくてはずかしいのです(その子がほしい本なら話は別ですが)。
そこでわたしは、もっぱら自分のために本を買うことにしています。これはいい! おもしろい! 子どもに読めそうだな、と思ったら「スッゴク、オモシロカッタ、アナタガタニモ、ヨメルワヨー!」と大声で言って、その辺にちらかしておきます。だれかが読むだろうと思うからです。子どもはそんなふうに本と出会うほうがいいのです。
とくに思春期の子どもは、大人が読ませようと思う書物以外から、実にたくさんのことを、それも親にはいえないような「ひみつの」「暗い」部分を吸収していきます。この影の部分が、子どもの成長にはとても大切なのではないかとも思います。それに、子どもにしてみれば、自分の心のなかのできごとを、大人となんか共有したくないし、たとえ親でも(いや親だからこそ)、いちいち踏み込まれたくないのですから。
前置きが長くなりました。その辺に放り出しておいた本のなかで、二人の娘たちの心に届いた本として、南アフリカの作家、マーグリート・ポーランドの『カマキリと月』をあげておきましょう。
「冬のことです。星たちが、夜という深く青いうつわの中で、氷のかけらをよせ集めたように、きらきらと光っています。年をへてまるくなった茶色の岩がならぶ丘の上には、セグロジャッカルのムプングチェと、そのつれあいが立っていました。
風が、ひゅうひゅうとむちのような音を立てて、平原をふきわたっていました。」
南アフリカに、欲が深くて力の強い人々がやってきて、計画的に土地を奪っていく以前から、そこに住んでいたサン人やコーサ人の世界観やものの見かたをよりどころにしながら書かれた八つのお話が入っています。引用したのはそのなかの「ジャッカルの春」の出だしです。

この本には、自然のなかで生きるものたちの、耳慣れない名前がつぎつぎと出てきますが、遠いアフリカの南端を舞台にしたお話にもかかわらず、「小さなカワウソの冒険」などは、娘たちには親しみをもって迎えられました。スプリングボック、カラカル、エランド、リーボックといった動物の名前や、カルーアカシア、ブアブン、ユーフォルビア、シクラルといった植物の名前のもつ音のひびきに耳を澄ましながら、目にしたことのない風景を想像して、読みすすむ楽しさがあります。けれども、とりわけすばらしいのは訳文のなめらかさで、日本語としてのことばのもつ美しさをじっくり味わいながら、物語を楽しむことができるのです。
めまいを起こすような活字の洪水のなかでやっと出会えたこの本を、初めて読んだのは4年前のことでしたが、心があらわれるような思いでした。二度ほど読んで、二度とも涙が出てきてこまりました。でも、こんな本を読んで大人が泣くのもわるくはないかな・・・とも思うのです。
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この文章は、最初1992年に「本の花束」に掲載され、2000年に『こどもに贈る本』(みすず書房)におさめられました。
紹介した本は、南アフリカの自然が心打つ物語として、大人も十分に楽しめます。お薦めです!