これは北海道新聞(1997年8月31日付朝刊)に掲載された書評に少し加筆したものです。
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岡崎がん著『トランス・アフリカン・レターズ』
読む前とあとでは、あたりの風景がどこかちがって見える、そういう本がある。そしてこれは私にとって、紛れもなくそのたぐいの本だ。やっととれた夏休みの初日、机の上でページが開かれるのを待ちに待っていた本から、アフリカの熱気、湿気、妖気がじわじわと滲みでてきた。一気に読んだ。そして室内の風景が、しばし、変わったのだ。
20数年前、ひとりのヒッピー風の若者がアジアから中近東を経て、ヨーロッパへ行き、ひょんなことで行き先を南米からアフリカへ変えてジブラルタル海峡を渡る。そのための準備らしい準備もなく、いきなり飛び込んでいくアフリカの旅だ。その旅の記憶が、昨日も明日もなく「いま」を生きるアフリカンタイムにぴったりの臨場感とともに、日本の女友だちにあてた手紙形式で語られる。モロッコ、アルジェリアと地中海沿いに移動し、サハラ砂漠を南下し、ニジェール、ナイジェリア、カメルーン、中央アフリカとヒッチでトラックを乗り継ぎ、妖気ただよう異境ザイールを抜けてケニヤにたどり着く。
なんといっても、中央アフリカのバンギから川を渡ってザイールへ入る国境越えの話がすごい。ジャングルを文字どおり手探りしながら進むのだ。木をよじのぼり、五感を総動員して沼の上を這い渡るところは圧巻。ナイジェリアの作家、エイモス・チュツオーラを彷彿とさせる世界だ。
これは、決まり切った道程をスケジュール通りにこなすツアーや観光とは対極の、トラベルという語が本来もつ「トラブル」山盛りの旅だ。こんな旅は、どうころんでも、女ひとりでは無理そうなところがちょっと悔しいが、この本には、アフリカのもっともアフリカらしい部分と身ひとつで関わろうとする者の、若々しい精神が脈打っている。
でも、マラリアの熱にうなされ、食うや食わずで旅する若者に、一夜の宿を貸すザイールの村人も、いまは戦火にさらされているのだろう。状況は当時と大きく変わった。それでも、というか、それゆえに、というか、とにもかくにもお薦めの一冊である。
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付記:12年も前に書いた書評ですが、その時間の経過をあらためて考えるためにも、ここに書き写しました。古くなった部分、いまも古びない部分、あれからどんどん事態は変わったなあ、と、この本を読むとさまざまな思いが脳裏をよぎりますが、なかでもタイトルの、TRANCE AFRICAN LETTERS の最初の語が、TRANS-(横切って) ではなく、TRANCE(恍惚とさせる)だったのか、と気づいたときは、ちょっと驚きました(笑)。