マリー・ンディアイ『みんな友だち』は、この作家が日本語に初めて訳された作品だ。笠間直穂子訳でインスクリプトから刊行されたのは、奥付けをみると2006年5月。北海道新聞に書評が掲載されたのが2006年7月16日。
その後は早川書房から小野正嗣訳で『ロジー・カルプ』『逞しい三人の女たち』が出版されて、2026年9月、日本語訳の小説としては4冊目にあたる『復讐はわたしのもの』が笠間直穂子訳で早川書房から出版された。その感想をここに書いた。ここに20年前の『みんな友だち』の書評をアップしておく。(写真は読みづらいので文字起こしした。)
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読み終えたあと、なんとも不思議な感触の残る作品だ。五つの短編がおさめられているが、なんといっても最初の「少年たち」が衝撃的。
舞台はトウモロコシ畑がはてしなく広がるフランスの片田舎。語り手はルネという十代の少年。作品の出だしは、まるで映画のよう。
カメラは、台所の薄暗い隅にうずくまるように座るルネから、テーブルでのろのろと食事をするムール家の四人へ移り、両親と息子二人が「ぶどう色の」口の奥へ、食べ物をフォークで押し込もうとする手をゆっくりと映し出す。
そこへいきなり、E・ブライと名のる女が現れる。ムール家の、美しく賢いほうの下の息子、アントニーを連れにきたのだ。話はもうついている。母親が息子を売ったのだ。
こんな作品を描く作家は、いったいどんな人なのだろう。
作者は、フランス人の母親とセネガル人の父親の間にフランス中部で生まれている。留学生だった父親は彼女が生まれてすぐに帰国し、母方の実家のあるオルレアン近郊で「これ以上ないほど伝統的で典型的な」フランス文化のなかで育てられる。自分をフランス人と感じるしかなかったが、肌の色のためか、いつも「どこから来たの?」という質問に答えねばならなかった。この辺りの揺らぎが、ンディアイを書くことへ向かわせたのだろう。
父方の姓を作家名として選んだンディアイは、十七歳で第一作をミニュイ社から刊行する早熟ぶりで、ル・クレジオ等が絶賛。すでに何冊も著書があるが、邦訳はこれが最初。
さびれたパリ郊外を舞台にした「クロード・フランソワの死」や、幻影と現実が交じるような手法で、ある女優の一日を描く「ブリュラールの一日」なども、ざらりとした肌触りがあって面白い。どれも登場人物の肌の色を「説明する」ステロタイプな表現がないところがいい。なかでも表題作「みんな友だち」の人物描写は余韻を残して印象的。
ンディアイが好きな作家としてあげる名前のなかに、ルース・レンデルやフラナリー・オコナーをみつけて、妙に納得してしまった。
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